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源氏山
源氏山イメージ 鎌倉駅の大船よりのホーム先端より、北西に見える標高93mの山が源氏山です。山頂一帯は遊歩道や芝生広場が整備され、家族で遊べる公園として、また春には桜が、秋には紅葉が美しい場所として、鎌倉市民の憩いの場として親しまれています。

この山は、もともとは武庫山と呼ばれる山でした。また、亀が谷の中央にあり、景色がよいことから亀谷山とも呼ばれており、『詞林採葉抄』では鎌倉第一の勝地とされていました。そして、源頼義、義家の父子が奥州征伐の時に、この山に源氏の白旗を立て、陣容を整えたという伝説により、別に旗立山とも名付けられています。旗を立てたといういわれのある場所は今も残っています。

山の東側の麓は、源氏の代々の邸があった地と言われ、現在、源氏山と呼ばれるのはこのためであろうと考えられます。源頼朝公の父である義朝もここに屋敷をかまえており、『吾妻鏡』によると、頼朝公が鎌倉入りをした翌日の治承4年(1180)10月7日、この邸跡に自分の屋敷、すなわち幕府を定めようとしています。しかし、敷地が狭かったことと、すでに父・義朝の菩提を弔う寺が建てられていたため、計画を変更したとあります。以上のことからも、源氏にとっては鎌倉の中でも特にゆかりの深い地であったことが窺われます。

現在は、この邸跡に、北条政子開基の寿福寺が建っています。この寺は鎌倉五山第三位の寺で、源氏山の山裾には、実朝公と政子の墓と伝えられるやぐらも残っています。

源氏山の山頂には、鎧に身を固めた頼朝公の像が鎮座し、今も鎌倉の街を見守っています。

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