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志一稲荷
志一稲荷イメージ 鎌倉駅東口から小町通りを抜けると、右手には鶴岡八幡宮の鎮守の森が現れます。さらに道を先へ進み、県立近代美術館本館の筋向かいの細い緩やかな上り坂の道へと入って行きます。そこは観光客には無縁な人気の少ない道で、急な石段を上って行くと突き当たりに志一稲荷はひっそりと鎮座しています。

この志一稲荷は、あまり一般的には耳にしない名のお稲荷様ですが、その起源はとても古く、筑紫の僧志一が、訴訟のことで鎌倉に上ってきたことから始まります。この志一、急いで鎌倉に上ったはいいが、大切な証拠の文を国に忘れてきてしまいます。そこで困った志一は平生自分に仕えている狐を使い、見事一夜の内に筑紫から証拠の文を運ばせ、訴えに勝つことができたのです。しかし、この後大切な文を運んだ狐は、志一に授けるとともに息絶えてしまい、その狐を稲荷の神とお祀りした祠がこちらの社といわれております。

志一は『太平記』で「邪天道法成就の人なる上近き頃鎌倉にて諸人奇特の思をなし帰て依浅からざる上畠山入道諸事深く信仰し憑入て関東にても不思議とも現しける人なり」と、記されており、左道を使う怪僧であり、且つ有名な僧であったようです。

また志一稲荷は『鎌倉稲荷小説』の中で、測量士が測量の都合上みすぼらしく思われた小祠を解体し他の場所へお移しすると、その時関係した者全員が原因不明の病に罹り苦しみ、この稲荷を再祀したことにより助かったという話があり、とても不可思議なお稲荷様としても知られています。『風土記稿』には鶴岡供僧浄国院持ちと記されています。

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