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歌の橋
歌の橋イメージ 彼方と此方をつなぎ、その上はしばしば異界とされるもの。我々日本人の民族的感覚に於いて、橋には単なる構造物以上の大きな意味があります。

今日ではバスやマイカーの往来が激しい金沢街道を行くと、その橋はひっそりとうずくまっていました。鎌倉宮・荏柄天神社への岐れ道から杉本寺に至る、丁度中程です。石碑がこの橋の由来を語りかけます。

罪を犯して誅せられることが決まった渋河刑部六郎兼守は愁傷に耐えず、荏柄天神社に10首の和歌を献じます。これは荏柄天神社の御祭神である菅原道真が歌道と純忠を殊に愛でる神であったことによせての行為でした。

この詠草を披見した将軍実朝公は、自らも歌の道に精進した人物であった為か感ずる所があり、兼守の罪を特に赦すように取り計らいます。天神の利益・神徳を尊んだ兼守は奉謝の意を表す為に荏柄天神社の社頭に往来橋を架け、通行の人々の便に供しました。これより「歌の橋」と呼ばれるようになったといわれております。

兼守の純心、実朝公の道心、加えて天神社の徳が交差した橋。古都鎌倉では観光客の気づかぬ所にも歴史のドラマが息づいています。

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