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荏柄天神社 (えがらてんじんじゃ)
荏柄天神社イメージ 当宮の東鳥居を出て、頼朝公の墓方面にすすみ、清泉小学校に沿って東に300mほどの所を左折すると荏柄天神社があります。

菅原道真を御祭神とする荏柄天神社は、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に、日本三大天神社と称される古来の名社です。縁起によれば、長治元(1104)年、雷雨とともに天神画像が下り、里人が社殿を建ててその画像を祀り、イチョウの木を植え神木にしたといわれております。源頼朝公をはじめ歴代将軍は、大倉の幕府の鬼門の守護神として崇拝しました。神門を入ると、右手に樹齢約900年の大イチョウがあり、境内には多くの梅の木がみられ、社殿前の左右には紅白の梅が対になって植えられています。

荏柄天神の現在の社殿は関東大震災復興工事により修復されたものですが、本殿は「鎌倉荏柄山天神社由緒書」によると元和8年(1622)鶴岡造営時に鶴岡若宮の古宮を荏柄山に移したと伝えられています。14世紀建造物であることが確認され、鎌倉で最も古い建造物の一つとして国の重要文化財の指定を受けています。

社殿の左へ足を進めると、漫画家の清水昆氏が自然石に河童の絵を描き、川端康成氏が題書した「かっぱ筆塚」と漫画家154人が河童絵を描いた「絵筆塚」があります。社宝には「弘長元(1261)年」銘の木造天神坐像(国重文)や、「怒り天神」ともいわれる木造天神立像(国重文)天神画像など数多く残されています。

天神様といえば、古来より学問の神様として信仰され、梅の花が咲く季節になると、多くの受験生が合格祈願に訪れ、社殿のまわりは奉納された絵馬で埋めつくされます。1月25日には、初天神祭があり、古筆や鉛筆などをお焚き上げして学問の向上や書の上達を祈る筆供養が行われます。また、2月8日には、針供養があります。受験を目前にしたこの時期、受験生を子に持つ親が、早朝より敬虔な祈りを捧げて手を合わせる姿に胸を打たれます。

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