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白旗神社(法華堂跡)
白旗神社(法華堂跡)イメージ 鶴岡八幡宮の東側に源頼朝公が幕府を構えた大倉と呼ばれる地域があります。そして、その北隅の大倉山の中腹には頼朝公の墓があり、段下の法華堂には、頼朝公を御祭神とする白旗神社が鎮座しています。法華堂は頼朝公の廟所ですが、実朝公は和田氏に攻められた時、この堂に入って祈願の文と歌二首とを鶴岡八幡宮に献じています。

三浦泰村一族が北条軍に追いつめられた時も、一族はこの堂に集まり、石段を競い登る北条の兵と戦いました。最初、この法華堂は源頼朝公の守本尊の髻(もとどり)観音を祀る持仏堂でした。

この観音は二寸ほどの銀像で、頼朝公は石橋山の戦に兜に取りつけ出陣しましたが、岩穴に安置して逃げることとなりました。しかしその後伊豆山の僧がその像を見つけ届けてくれたので、頼朝公はその霊験に感激し、座臥から離さなかったと言われています。

鶴岡八幡宮の供僧「相承院」が奉仕し祭祀を続けていたこの法華堂は、明治初年に墓と分離され、新たにその跡に白旗神社が創建されました。現在、境内地は法華堂旧跡として国指定の史蹟に指定されており、源氏に因む白い祈願旗が崇敬者より多数境内に奉納されています。{例祭日は1月13日}

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