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和賀江島
和賀江島イメージ 若宮大路を真直ぐ降つた由比ヶ浜辺に立つと、懐深くU字に続く鎌倉の海岸線が一望できます。その左端の海の上、波間に見え隠れしている低い島が和賀江島です。

今の材木座の辺りは古くは和賀と呼ばれました。都を開くに当たって、用材に恵まれない鎌倉へ、伊豆や房州から木材が運ばれ、この浜に上げられました。鶴岡八幡宮創建の資材や石材は全てここからあげられています。

しかし和賀の港は遠浅で波も荒く、停泊が困難で座礁する船が多くありました。貞永元年(1232)第三代執権北条泰時のとき、僧往阿弥陀仏の申請で幕府をあげての築港が行われました。材料の石は相模川や伊豆から運ばれ、七月十五日着工、八月九日竣工という記録があり、驚くほどの速さです。このときに造られたのが「和賀江島」で、日本最古の築港です。
港の完成により船舶の停泊が容易になり、浜は栄え、今の地名のもとになる材木座などの座が多くできました。以後、鶴岡八幡宮の修復や再建に際しては、ここからその資材が運び込まれたのです。

そして、いく度かの修理を重ね、島は江戸末期まで商港として利用されました。現在の和賀江島は、潮が満ちるとほとんど姿を隠してしまうほど平らな磯で、一見して人工の港にはみえません。けれど浅瀬を渡って島に立ってみると、積まれた石はまだしっかりと組み合い、なるほど数えきれない嵐にも耐えてこれたのだとわかります。そんな島の上から鎌倉の町や山々を見渡すと、また違った鎌倉を見るようで小さな感動を覚えます。

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